かなでと申します。松山ケンイチとオリジナル小説のブログです。要するに日々の萌えについて綴ってます。メールはkenkenken10305あっとまーくyahoo.co.jpまでお気軽にどーぞ☆


by sora10305
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ケンイチは、ねじくれないで、真っ直ぐなままでいい

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ピクトアップ#60の、松山ケンイチ。

「・・・え、なんですか?それ」

って言ってそうな顔じゃないですか、この写真(笑)
今年の日本アカデミー賞の優秀主演男優賞受賞で登壇したとき、
「松山さんは30代、40代の女性から人気がありますが、年上の女性から好かれるコツを教えて下さい」
と聞かれて、ぽかん、として

「・・・え、なんですか?それ」

って言ってたのを思い出しました。これ、その時の顔だ。
しかもそのあとに、質問とはあまり関係ないことを一生懸命しゃべってて、思わず爆笑しました。
話題賞のときの、「L走り」ならぬ「松ケン走り」も可愛かったなあ。

それにしても、おしゃれイズムとか(またご出演されるそうですね!!やったあああ★)
食わず嫌いとか、VVV6とか、テレビ番組に出るたびに伝説残しますよね、この人(笑)

「カメラの前で酒飲むのって、気持ちいいですね」
とか(VVV6)

・・・あれ、わい、今何の話をしようとしてましたっけ(ケンさん風)

あ、そうそう、てるてる坊主みたいなケンさんがたーくさんな、ピクトアップネタですーーーー!!!!
なんて言っても内容盛りだくさん!!!だったので、内容を絞ってお送りします★
今回は、(次回があるかは不明)松山さんについて語る崔監督のお言葉を少し♪



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以下、黄緑色の部分はピクトアップから引用。

NGが出たあと、キャメラからふっと視線を逸らした時に素の内面が出ているわけ。


「ケンイチそれだよ!」


「え、今僕どんな顔していましたか」って。



無意識に役柄(カムイ)が出ている。


***


「役を演ずることによって世界観そのものが変わってくる」ということ。

それに気づくか気づかないか・・・・・・。


ケンイチは、それにいち早く気づいている。



役を演ずることによって、世界観そのものが変わってくる・・・
松山さんは小手先の技術で演じるのでなく、体も、心も全て「役」に開け渡してしまう。
恐らく、自分の中に虚構の魂を呼び込んでしまうのでしょうね。
役を自分の中に「入れて」いる間は、顔つきもしぐさも、考え方も感じ方も、世界観すらも変わってしまう。

そういうことは、技術的に演じている場合は、起こり得ないですよね。
崔監督は「含みを表現する要素が、技術を超えた内面にある」とおしゃっています。
松山ケンイチは、そういうことを即座に理解する、と。

それはもちろん理屈ではなく、感覚的に理解してしまうのでしょうね。
頭でいろいろ考えたり、悩んだりもするでしょうが、たぶん、「役」ともっとも深く関われるのは
無意識的な領域において、ではないかと思うのです。

虚構の魂は、意識して出そうとしすぎると、むしろ出てこない。
無意識でいるときにふいに流れ出てきたりする。だから、NGの後の顔がいちばん「カムイ」
だったりするんでしょうね。

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ケンイチは、ねじくれないで、真っ直ぐなままでいい。


時々は愚痴を言う相手もいていいし、



人を好きになることも嫌いになることもあっていい。




今のところはね。



基本的に優しい男だけれども、当然好き嫌いはあるわな。

そういうことを露にしてよろしいと俺は言っている。




判断するのは自分だ。






↑これを読んでですね。感銘を受けたわけですよ。
「判断するのは自分だ。」そのとおりです。

人を好きになったり嫌いになったりしない人間なんていない。
人に対する好き嫌いって、もしかしたらあらゆる感情の中でいちばんユニバーサルで
大きくて激しいものではないかと思います。

いわゆる芸術も文化もそこから生まれるわけですし。
人に対して共感したり、反感を持ったり。そういう気持ちに素直になって、
自分で好きとか嫌いを判断して、いいんですよね。人を傷つけない優しさも持っていれば。

なにより、豊かな感情の振れ幅をもってほしい。
人に対して、好きでも嫌いでも、同意でも反感でもいいので、自分として何かを感じて欲しい。

それは役者という仕事をする上では必要不可欠なことだと思います。

素直でいいんだよ、真っ直ぐでいいんだよ、ケンイチ。

って崔監督の母親のような目線。

・・・(><)
なんというか。言葉にならないくらい心が震えます。

誰にでも笑顔を振りまけるような人間には、人間の感情の機微なんて
理解できないだろうし、

やっぱり、俳優とか芸能人とか、そういうものである前にまず、
ひとりの人間として生きて欲しいと、切に願います。

・・・・・って、何も関係ないあんたが何言ってんだ!気持ち悪いわ!って感じですね(笑)


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今、彼は自分に人気があることも知っているし、多忙であることの苛立ちもあるだろうが、

何を吸収して何を捨てていくかを、そろそろ覚えていかなきゃいけない。

その中で育つ自分の意思、意識、想像力。

そして、「主体性」という、思い鎧ではあるけれど唯一の自分の武器・・・・・・そして客観性を身につけていかなきゃならない。

「この部分は引き出しにしまっておいて、今日はこのファイル使おう」みたいな賢さじゃなく、

嗅覚や感覚として。



いやーーーもう、このへんの言葉は素敵過ぎて。
崔監督、密かに「心の師匠」と呼ばせていただいてよいですか?

「何を吸収して何を捨てていくかを、そろそろ覚えていかなきゃいけない。」

そうですよね、ケンさんはスポンジみたいにいろんなものをすーーっと吸収してしまいそうだから、
容量オーバーになっても気づくのが遅そうだし、しかもそうなったときに捨て方がわからなそうだし、
そのへんちょっと心配なんですよね。
そして。

主体性。

これは、カムイの時代とは違って、普通に生きていて命を落とす心配をしなくてよいような
時代に生きる私たちにとって、最も必要なものではないかと思います。

そういう時代においては人は生きるためにそんなに努力しなくてよいので、
(もちろんそうでない場合もありますが)「生きる」じゃなくて「生かされてる」だけになりがちだから。

・・・なんて言われると、「私は自分の好きなことやって好きなように生きてるから、主体的だし」
って思うひとも多いのでは。

でも違うんです。

これは私の意思によって選んだものか?
本当にこれは私の意見なのか?どこかからの借り物じゃないのか?
個人の趣味趣向なのか?
よく考えてみると、わからなくなってきませんか?

人間は模倣する生き物です。だから純粋にオリジナルなものなんて、実はほとんどありません。
そして模倣すること自体は決して悪いことなんかじゃありません。
でも、自分の独自の価値観だとか思っているものでも、実はいろんなとこからの借り物なのかも
ってことは常に頭に入れておかないといけないなと思うんです。

じゃあ個人の考えとか価値観って何なんだろう?独立したものなんて、存在しないんだろうか?


それはさておき。
個人の内面世界っていうのは、純粋に自分固有のものではないかもしれないという意味でも、
けっこう危ういと思うし、特に、人と人とが容易に関わって情報のやりとりができる世界では
どんどん押しつぶされていってしまうものじゃないかと思うんです。

主体性という名の重い鎧・・・

客観性・・・

超人気俳優だろうが、一般人だろうが、一個人であることに変わりはないわけで。

無意識的には他人とつながりつつ、意識的には自分の意思を持って、
精一杯想像力を働かせて生きていかなければならないのかな、と思いました。
それが私を生きるということなのかなと。

主体性。

崔監督の言葉は竹を割ったようにすぱっとして潔くて、全然浮いてなくて、
とにかく、いいなあ。(いいなあとか失礼かしら)

・・・あら、結局ケンさんとはあんまり関係ない話になってるよ(笑)

余談。
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このポンチョ、45150円もするらしい↑

(笑)

そのへんのシーツでてきとーに作ったのかと思ったよ。
こういう人が電車に乗ってたら、どうします?
あれ、今日、ハロウィンでしたっけ?とか本気で思いそう。
Trick or treat!
とか言われちゃいそうですよね!
いったい何を表現してるんですか。元さんってば。
お化けのケンさん。
てるてるケンさん。
ケンイチラッピング。

あーーーもうつっこみがとまらない!!!!
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by sora10305 | 2009-08-21 02:06 | 松山ケンイチ